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岡山地方裁判所 昭和42年(わ)30号 判決

被告人 池元実

昭八・五・四生 農業兼養鶏業

主文

被告人を懲役三月に処する。

たゞし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人森分喜八郎、同小野允、同平松柏に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中、建造物侵入、公務執行妨害の点につき、いずれも被告人は無罪。

理由

(本件犯行に至る経緯)

一、合併の発端と本件犯行に至るまでの背景

1  旧玉島市当局者らは、古い歴史を有する同市の衰退を憂い、他市との合併によつて市勢の挽回を考慮していたところ、昭和四一年八月一五日頃、当時の玉島、倉敷、児島、総社の四市の市長、市議会正副議長が協議して合併の方向を打ち出したが、その後、岡山県の行政指導を受け、玉島、児島、倉敷の三市にまたがる水島臨海工業地帯川崎製鉄用地D地区の帰属問題の解消、川崎製鉄に対する固定資産税(大規模消却資産税)の増収による市の財政的利益等を表面の理由に右三市の合併を推進することとなり、同年九月二六日、玉島市議会は議員三五名全員で構成する合併調査特別委員会を発足させ、その後、同年一二月二日頃、玉島市長滝沢義夫は、同市議会に対し、三市合併合同調査室の調査資料に基き、玉島市にとつて財政的利益があること、水島を中心とした三市の合併による新しい臨海工業都市としての将来の発展が期待できること等を理由に、三市合併を推進するとの所信を表明すると共に、翌三日、玉島市公会堂において、市内各種団体関係者らを招き合併説明懇談会を開催した。

2  その後、同月五日頃、玉島市議会は、合併推進決議をなし、同様決議をした倉敷、児島両市との間で三市合併協議会を設置し、その協議の結果、昭和四二年二月を目標に三市の合併を実現するために、各市共昭和四一年一二月中には各市議会において合併決議をなすこととし、玉島市としては、同年一二月二六日の市議会に合併決議案を上程することとした。

3  ところで、玉島市当局は、玉島市民に対し、合併の理由目的、合併後の基本方針、新市の展望、二月合併の必要性等につき充分納得ゆく説明をしなかつたために、古い歴史を誇りとしこれに愛着の念を抱く市民らから合併反対の声があがり、社会党、共産党、各種民主団体、労働組合等革新系二五団体は、同年一〇月二〇日頃、「三市二月合併反対玉島市民会議」を結成し、合併についての調査研究等の活動をすると共に、玉島市当局者が合併理由として挙げる川崎製鉄に対する大規模消却資産税(約三五億円)の増収による財政的利益ということも、当時の倉敷市と川崎製鉄との企業誘致協定によつて、大規模消却資産税相当額が企業奨励金として川崎製鉄に交付されることとなつていたのであるから、結局三市合併は大企業に奉仕するためのものであつて、市民不在の合併であるとして合併反対運動を展開し、他方玉島商工会議所は、同年一二月一四日頃、合併反対の決議をなし、市当局に対し再三その旨を申入れ、玉島商店会においても、商店街に合併反対の横断幕を掲げる等して合併反対の態度を明らかにした。

このような気運に対して、玉島市当局は、右市民会議等の要望もあり、同月一一日から一八日までの間、市内数ヶ所の小学校等で合併説明会を開催したが、依然市民に対し納得のゆく説明をすることができなかつたため、合併反対の声は日増に強くなり住民投票の実施を求める声があがるようになり、滝沢市長は、同月一七日夜からの説明会の席上で、民意の尊重のために住民投票の実施を検討し、一八日夜からの説明会の席上でこの点につき市の正式態度を回答する旨を言明するに至つた。

4  ところが、三市合併の強硬な推進論者であつた玉島市議会議長遠藤三則は、同月一八日、三市合併協議会の会議の後、右のように市民が激しく反対する状況の下では、同月二六日の市議会で合併決議をするとの当初の予定を繰り上げ、合併反対の気運がこれ以上高まらないうちに急ぎ議決せざるを得ないと考え、滝沢市長と共に、児島、倉敷両市の市長、正副議長および県の関係者らに対し、同月二二日に合併決議をする旨申入れ、二二日に合併決議することを決意したが、同月二一日、右合併議決の日時繰り上げが外部に洩れ、市民に察知されていることに気ずき、このままで議会を開いたのでは反対派市民による賛成派議員への説得、議会への出席の妨害等の不測の事態の発生によつて合併決議ができなくなる虞れがあると考え、滝沢市長と協議のうえ、内密で賛成派議員に連絡し、広島県福山市沖の仙酔島所在錦水別館に賛成派議員一七名をかり集め、合併議決についての最終的な打ち合せをしたうえ、翌二二日に合併決議をする旨を打ち明け、同所で待機することとしたが、被告人から所在を察知されたと知るや、夜半同旅館を出て岡山市内の旅館に宿泊させて待機することとし、滝沢市長、遠藤議長らは、二二日午前一〇時から、倉敷市役所庁舎で開かれた三市合併協議会に出席し、合併協定書に調印した。

5  一方、その所定が不明になつていた市長、議長、賛成派議員らが錦水別館に集つている事実が判明したことから、二二日には合併議案が強行採決されるものと察知した数百名の反対派市民は、二二日朝から、玉島市阿賀崎(現在倉敷市玉島阿賀崎)七二五番地玉島市役所庁舎に詰めかけ、合併反対の幟、筵旗を押し立てて市長らの現われるのを待つていたところ、同日午後二時五〇分頃、市長、議長、賛成派議員の乗つたマイクロバスが玉島市庁舎前広場に到着したので、一斉にそれを取り囲んで抗議し、三時五〇分頃、市長、議長、賛成派議員は、予め要請していた県警機動隊に守られて庁舎内に入り庁舎三階の議場に入つた。

6  午後四時頃、遠藤議長が開会を宣言するや、反対派議員四、五名が一斉に議長席に詰め寄つて合併議案を審議することに抗議すると、時を同じくして反対派市民数十名が、議場西側中央出入口から議場に入り込み、議場内は騒然とした混乱状態となり、反対派市民、労働者等数名によつて、議長机が壇上から床に転倒するような事態が発生したが、その後、遠藤議長の要請によつて機動隊が導入され、多数の市民、労働者らは議場から排除された。

二、被告人の行動

1  被告人は、部落解放同盟に加入して次第に政治に関心を抱くようになり、合併問題に対しては住民自らが調査研究し、住民尊重を第一として住民の意思により決すべきものと考えていたところ、同年九月二〇日頃、玉島市が児島、倉敷両市と合併する意向であることを新聞紙上等で知り、種々の情報を分析、判断して三市合併が住民の福祉向上に役立たないとの結論を得、部落解放同盟玉島市協議会委員兼同備北地区常任委員の立場から前記「三市二月合併反対市民会議」の代表委員となり、合併反対運動に積極的に従事し、市当局に対し、再三合併の目的、理由、合併後の基本方針、合併後の展望等についての説明を求めたが、納得ゆく回答を得られなかつた。しかも、滝沢市長が住民投票の採用を検討し一二月一八日夜の説明会の席上でその実施の有無を回答すると言明しながら、当日の説明会を中止したうえ、市長、議長、賛成派議員が錦水別館に身を隠していることを被告人自身でつきとめて知るに至り、かかる市長らの行動から推して同月二二日には合併議案が強行採決されるであろうとの不安を感じ、二二日午前九時頃から玉島市役所庁舎に赴き市長らの現われるのを待つた。

2  そして前述のようにマイクロバスが到着するや、被告人は他の市民と共にそれを取り囲んで抗議した後、市長らが機動隊に守られて庁舎内に入ると、それに続いて庁舎内へ入つたが、一階から二階へ通ずる階段の踊場付近で坐り込んでいた多数の全日自労員が機動隊によつて排除された際、被告人も機動隊によつて一緒に押し戻され、そのまま庁舎外に出された。一旦、市当局の一方的なやり方を抗議する演説をした後、機動隊がひきあげたすきに庁舎内に入り、傍聴席に入るべく三階議場に通ずる廊下東端の議場西側中央出入口前に赴いたところ、既に議場入口のドアは開かれたままであり、議場内は多数の市民らが入つて議長らに抗議して騒然とした混乱状態であつたため、被告人も市長、議長の住民を無視した一方的なやり方に抗議するべく、右出入口から議場内に入つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午後四時一五分頃、右玉島市議会議場において、玉島市役所市民課長森分喜八郎が、議場内の混乱を収拾するために議場内の一般市民に対する退去命令を告知するために手に持つてかかげていた「公務執行の正常を確保するため阻害者に対し本市庁より直ちに退去を命ずる」旨を記載した玉島市長名義の退去命令書を右森分市民課長から奪い取り、両手で丸めてその場に投げ捨て、もつて公務所の用に供する文書を毀棄したものである。

(証拠の標目)(略)

(一部無罪の理由)

第一、建造物侵入について

一、公訴事実の要旨

被告人は、昭和四一年一二月二二日判示玉島市議会議場で開催中の同年第七回定例市議会本会議において、判示三市合併議案が提案されるや、右議案の審議を妨害して可決成立を阻止する目的をもつて、約四〇名位と共謀のうえ、同日午後四時一〇分頃、玉島市長滝沢義夫の管理する玉島市議会内に、同議場西側中央出入口から故なく侵入したものである。

二、当裁判所の判断

1、被告人が、同月二二日、玉島市庁舎に赴いたのは、判示認定の経緯によつて明らかなように、他の多数の市民と同様、玉島市民の多数が反対する三市合併問題につき、玉島市当局が、合併の目的、理由、合併後の基本方針等を納得ゆく説明をしないまま、市長は住民投票を検討しその実施の有無を回答する旨の言明を反古にし、しかも、突然市長、議長が賛成派議員のみ集めて身を隠す等内密の統一行動をとる等したために、同日一方的に合併議案を強行採決する虞れが極めて具体化したものと判断したからであり、地方自治体の存亡消長を決すべき合併問題をこのように住民の意思を無視して、一方的・強行的に決しようとする市長、議長の意図に対し、被告人が一市民として怒りと抗議の念で市庁舎に赴いたことは、地方自治体の住民としては、いわば地方自治の本旨を貫徹するための当然として十分理解しうるものである。

しかも、反対議員に対しては、当日合併議案を審議する旨の通知もせず、合併反対の市民の声を機動隊の実力で押しきつてまでただひたすら合併決議を強行しようとする市長、議長の一方的かつ強引な態度に、多数の市民が怒りに燃え抗議の波となつて議場中に入り込んだのも、右の経緯からすればいわば必然的な成行であつたと認められる。

そして被告人は、たまたまドアの開かれたままの議場西側中央出入口から、議場内の混乱した状態を見た時、市長らの一方的なやり方に対する怒りと抗議の念が一層昂揚し、被告人自らも、市長、議長に強く抗議して強行採決を阻止しようとの気慨にかられ、右出入口から議場内に入つたものと認められるのであるが、かかる事態においては、右の立入り行為は、いわば自治体の住民として巳むを得ざる行動であるというべきであり、議場内に入つた態様も格別不隠当なものとも認められず、しかも既に議場内は混乱状態であつたのであり、被告人が入り込んだからといつて、それによつて議場の平穏が更に一層侵害されるに至る格別の事態が生じたというものでもなく、その意味では被告人の行為による法益の侵害の程度は極めて軽微なものであつたといわざるを得ない。

(右の点につき、証人原田光夫は、議長が開会宣言をした直後、被告人を含む一団の市民が、議場入口から乱入した旨証言しているが、同人の証言は、後述する公務執行妨害についての証言内容が必ずしも信用できない点を含んでいるのに照らし、全面的に信用することはできない。)

2  従つて、以上のように、被告人が議場に入つた行為は、その動機、目的、態様、事態の緊急性、法益の権衡からして、外形的には建造物侵入罪の構成要件に該当するとはいえ、その罪責を問うに値する程の実質的違法性がなく、被告人にその刑事責任を負わせるのは相当ではない。

結局、被告人の行為は、住居侵入罪の構成要件に該当するが、実質的違法性がなく、犯罪を構成しないので、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

第二、公務執行妨害について

一、公訴事実の要旨

被告人は、氏名不詳者数名と共謀のうえ、同日午後四時一四分頃、玉島市議会議場において、同市議会議長遠藤三則が議長席で議会開会宣言を行なつたうえ議事進行中、同議長席にかけ上り議長の机を壇上から床に押し倒す暴行を加え、議場を混乱に陥れて議事の継続を不能ならしめ、同議長の職務の執行を妨害したものである。

二、当裁判所の判断

1 玉島市議会議場が混乱した際、議長の机が壇上から床に転倒したことは判示認定のとおりであるが、それが被告人によつて惹起されたものであるか否かにつき、以下詳細に検討する。

2 証人鳥越章の当公判廷における供述、同人作成の「写真撮影状況の報告について」と題する報告書添付の現場写真(番号第一八ないし二一号)、押収してある黒白写真フイルム(昭和四二年押第四一号の一三)を総合すると次の事実が認められる。

(イ) 連続的に撮影された現場写真第一九号には、被告人が反対派市民と思われる数名の者と共に畝田議会事務局長と対峙している姿が撮影されていること、

(ロ) 同写真二〇号には、議長机が議会事務局長机前付近に右側面(議長机が正常位にある場合の西側面)を床に接着させ左側面を上にして転倒している状況が撮影されていること、

(ハ) 右第一九号の写真撮影後に、議長机の転倒する瞬間が撮影されたが、発光器が落下したために映像がフイルムに撮影されていないこと、

(ニ) 右第一九号の写真撮影後、右(ハ)の撮影がなされるまでの間は、僅かな時間でいわば瞬間的なものであること、

(ホ) 現場写真第一九号に撮影されている被告人の周囲の者が、同第二〇号でもそれ程位置を変えておらずに撮影されており、同第一九号に撮影された被告人の位置は、同第二〇号では、転倒している議長机によつて撮影を妨害される状況にあることがうかがえ、しかも議長机の上部に、右机の陰になつた人物の頭頂部が映し出されていること、

右(イ)ないし(ホ)の事実を総合すると、議長机が転倒した瞬間には、被告人は議会事務局長の机の前付近(議長机の西側斜め前方)に居たと推認するに難くない。

3 ところで証人鳥越章の当公判廷における供述、第六回公判調書中の証人遠藤三則の供述分、第一八回公判調書中の証人西一市の供述部分、当裁判所の昭和四三年七月四日付検証調書によれば、議長机の周囲には、多数の労働者、玉島市民等が居り、机を押し合つたり、揺れ動かしていたこと、それらの者によつて、議長机西南角が前面に押し出されて、西側面が床に着き東側面が上になるようにして壇上から床に転倒したことが認められる。

4 さて、証人定金玉雄の当公判廷における供述によれば、同人は、議会事務局長の机と議長の机の間を通つて議長の西隣りに行き、議員や市民が議長に抗議している状況を見ていたところ、壇上に上つていた他の三、四名の者と市当局職員との間でもみ合いになり、議長席が動き始めたので、同人が「やつてしまえ」と言いながら三、四人の者と議長机を押すと、机の前方(南方)に居た者がそれを押し戻すという状況になり、ついに机が壇上から床に転倒したが、同人が「やつてしまえ。」と言つた時、被告人は議長机の西南一ないし二メートルの位置で「無茶するな、やめえ。」等と言つたというものであり、前掲証人西一市の供述部分、第二二回公判調書中の証人花田晴夫の供述部分によれば、議長机が転倒した付近に被告人が居たというのである。

5 以上の諸点を総合すると、被告人は議長机が転倒したときには議長席の西側前方、議会事務局長南前方に居たものと認められ、被告人が議長机を押し倒したものと認めることはできない。

なお、前掲証人定金玉雄の供述は、同人自らが議長机を押し倒したものであり、しかもその際、被告人はそれを制止しこそすれ、押し倒すことはしていない旨を供述するもので、公訴事実を否定する反対証拠としては決定的な重要な証拠であるので、特にその信用性について付言する。

(イ) 弁護人が定金証人を証人申請するに至るまでの経緯を公判調書によつて検討するに、(I)弁護人寺田熊雄は、第八回公判(昭和四三年六月五日)において証人遠藤三則に対する反対尋問で、「あのとき机を倒したのは私なんですということを私(弁護人)のところへ言つてきている人があるんです。だから確実な証拠をもつてあなた(遠藤証人)にお尋ねしているんです。」との尋問を発していること、(II)当裁判所は、第二四回公判(昭和四五年三月一八日)で証拠調を終り一旦結審したが、それまでの間に、弁護人は、右の者を証人として証拠調の請求をしたことがないこと、(III)その後、二度に亘る弁論再開の際にも、弁護人から右の者の証拠調請求はなく、弁護人提出の昭和四五年一一月二七日付証拠調請求書において、初めて右の者の氏名等を調査中である旨付記され、第二七回公判(同年一二月二日)において、定金証人の証拠調請求がなされたこと、(IV)定金証人が、右議長机を自分が倒したと名乗る者であること、等の事実が認められるところ、自らが犯人であると名乗る者の存在は、それの供述が真実であるならば、これ程絶対的な反対証拠はないのであるから、弁護人としては、当然早期に証拠調請求をすべきものであろう。しかし、右経緯に照らすと、弁護人は、右定金証人が、玉島市民ではない、いわば支援団体の人であつたためもあつて、その氏名、住所が判明しなかつたために、同人の証拠調請求をなし得なかつたものと解され、元来、その供述に信用性が無いために証拠調請求をなさなかつた者を最終段階において突如公訴事実に対する反対証拠として証拠調請求をなしたものとは認められないから、その供述の信用性については、他の供述証拠と同様に取扱うべきものであり、右申請手続の過程からみて特段に信用性を否定すべき理由は見当らない。

(ロ) さらに、その供述内容についてみるに、定金証人は、岡山県浅口郡金光町須恵で農業に従事する者であり、当時の玉島市民ではないが、(I)前掲報告書添付の現場写真第七号に同人の姿が撮影されていること、(II)市庁舎内に入つた時の状況は、前掲証人花田晴夫の供述部分と合致すること、(III)議員が議長席に詰め寄つたことや議場内の配置(議長席と議会事務局長席の配置)を知つていること、(IV)議長机を押し倒した時の状況が前述3の事実に概略合致すること、(V)議長机が転倒する際の被告人の位置が前述1の事実及び前掲証人西一市、同花田晴夫の各供述部分と概略合致すること、(VI)反対尋問によつて、供述が変遷したり、曖昧、不明確となる等の不自然さがないこと、等に照らし供述の信用性に疑問をさしはさむ余地はない。まして、同人が作り出された証人とは到底考えられない。

6 ところで、第九、一三回公判調書中の証人川手元二三の供述部分によれば、被告人は、議長机の東側端を両手で押して机前面を床に接着するように倒した後、東側端が上部になるように持ち上げたものである旨詳細、具体的に供述し、その他被告人が議長机を押し倒したものであることを間接的に推認させる第三、五回公判調書中の証人滝沢義夫、第六ないし八回公判調書中の同遠藤三則、第一〇回公判調書中の同畝田秋雄、同原田光夫の各供述部分があるが、これらの証拠は、いずれも左の諸点に照らしにわかに措借することができない。

(イ) 前認定事実は特に連続的に撮影された写真によつてうかがえる事実と著しく反すること(特に被告人は議長机が転倒した時には議長席西側斜め前方に居た点について)

(ロ) 右供述は、相互間で著しく矛盾し合い、いずれが真実であるかを判定し難いこと

(ハ) 客観点事実に反する点を断定的に供述していること(川手証言)

(ニ) 供述の変遷が顕著であること(遠藤証言、川手証言)

(ホ) 供述態度に不自然、不明確さがあり、本件が混乱状況の中での偶発的出来事であるにかかわらず、議長机が転倒したことをことさら被告人に結びつけようとしているのではないかとうかがえないでもないこと。

7 従つて、公務執行妨害の公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

第三、公文書毀棄(畝田議会事務局長に対するもの)について

一、公訴事実の要旨

被告人は判示市民課長森分喜八郎から本件退去命令書を奪い取つてその場に投げ捨て、さらに玉島市議会議場において右文書を拾いあげて、両手に持つて掲示していた同議会事務局長よりこれを奪い取り、両手で丸めてその場に投げ捨て、もつて公務所の用に供する文書を毀棄したものである。

二、当裁判所の判断

1 右公訴事実中、畝田議会事務局長が掲示していた本件退去命令書をまるめて投げ捨てたとの訴因につき、それに副う第一〇回公判調書中の証人畝田秋雄の供述部分があり、一応の証拠はある。

しかしながら、

(イ) 被告人は、司法警察員(昭和四一年一二月二六日付)及び検察官(前綴の分)に対する各供述調書、第二三回公判調書中の供述部分、当公判廷における供述では、終始、畝田議会事務局長が退去命令書を掲げているのを払いのけようとしたところ、左手でそれに触れたので半分破れて下に落ちた。その後転倒しそうになつたところへ、議長席机が転倒してきた(但し、当公判廷では、手に当つたかどうか、落ちたかどうかははつきりしない旨供述)旨供述し、特に司法警察員に対する供述調書では「破つて捨てた」と行為態様としてはむしろ悪質と解せられることすら供述しているが、「丸めて捨てた」と供述したことがないこと、しかも、森分市民課長が掲示していた際には「丸めて捨てた」ことを終始自供しているのに、畝田議会事務局長が掲示していた際については、終始右の如き供述をしていることに照らし、被告人の右供述を措信し難いものとしてむげに一蹴し去ることもできない事情が存する反面、右被告人の「破れて落ちた」とか「破つて捨てた」とかの供述は、議長席机が転落する前のことであると判断されるが、右転落後に掲げられている退去命令書を写した写真(二二六丁)によると、被告人の述べるようには破損していないことが明らかであるから、無条件に右自白に依存することも到底できない節がある。

(ロ) 第二二回公判調書中の証人花田晴夫の供述部分によれば、同人が畝田議会事務局長の掲げていた本件退却命令書を奪い取ろうとすると、被告人も同様にそれを取ろうとしていたが、転倒したので退去命令書を奪い取ることができず、その後の瞬間議長机が転倒してきた旨被告人の右供述と概略合致する供述をし、それによれば、被告人が退去命令書を取ることができなかつたのではないかとの疑いも否定できない。

2 従つて、被告人の右供述及び証人花田晴夫の供述を証人畝田秋雄の証言内容と照らし、彼此総合検討すると、被告人が畝田議会事務局長の掲示していた退去命令書を奪い取つて丸めて捨てたものとの心証を形成するにはなお合理的疑いを入れる余地が存する。

結局、畝田議会事務局長の掲示していた退去命令書を両手で丸めて捨てたとの点は証明不十分であるが、右所為は、判示公文書毀棄とは包括的一罪の関係にあるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

(有罪部分についての弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、権限に基いて適法に作成されたものであることを要し、本件退去命令書は、議場の秩序維持についての権限を有しない玉島市長名義で作成されたものであるから、公用文書とはいえない旨主張するが、公用文書とは、公務所において使用する目的で保管する文書というものであつてその使用とは、必ずしも本来の公用に使用する場合に限らず、たまたま、本来の公用以外に使用された場合であつても、その使用状態が公務所によつてなされるものであればそれも含まれると解するのが相当であり、又作成権限のないものの作成した文書であつてもそれが公務所で使用する目的で保管するものであれば、公用文書たることを妨げないというべきである。前掲各公判調書中の証人滝沢義夫、同小野允、同平松柏の各供述部分によれば、本件退去命令書は、玉島市庁舎(市議会議場はこの庁舎三階にあること判示のとおり。)の管理権を有する玉島市長が、管理権に基き玉島市庁舎内での不法事犯の発生に備えて、玉島市職員に命じ作成準備させていたもので、仮りに開会中の市議会議場内には市長の庁舎管理権が及ばないと解するとしても、玉島市庁舎において使用する目的で玉島市が保管していた文書であることにかわりはないから、それを議場に使用したとしても、公用文書たるを失なわず、それが玉島市長名義であつたからといつて、直ちに公用文書たる意味が失われるものでもない。

二、弁護人は、森分市民課長の掲げていた退去命令書をまるめて捨てた行為は、「毀棄」とはいえない旨主張するが、公用文書を「毀棄」するとは、その文書の効用を害する一切の行為をいうのであつて、その使用目的(効用)が一時的に害される場合も含まれると解するのが相当であり、本件退去命令書は、その文書を人に周知されるところにその使用目的が存するのであつて、それをまるめて捨てることは、たといそれを即座に拾い上げて押しのばせば本来の効用に従い再び使用し得るとしても、それによつて、右文書の使用が中断され、一時的にせよそれを周知させる使用目的が阻害されるのであるから、「毀棄」に該当するというを妨げない。

三、弁護人寺田熊雄は、本件は、地方自治体に対する権力者の違法不当な侵害に対し、地方自治を守るために出た行為であるから、正当防衛、緊急避難であり、抵抗権の主張による可罰的違法性又は実質的違法性が阻却される場合であり、期待可能性もない旨主張するようであるが、前挙示の被告人の各供述によれば、被告人は、市議会議場については、議長のみが秩序維持権を有し、市長には何らの権限がないのであるから、議場内では市長名義の退去命令書を掲げても無効であると信じて、本件犯行に及んだというのであり、従つて、本件退去命令書は公用文書ではないと信じ、しかも自己の行為の正当性を確信しての犯行であるから、それは、単に刑法三八条三項の法律の不知にすぎず、減軽事由となるとしても、違法性が阻却されるものではなく、ましてや、一定の法益の侵害(本件では、地方自治の侵害)という緊急事態下でその法益を守るという正当防衛、緊急避難、抵抗権による実質的違法性の阻却、及び緊急事態下での行為の相当性による可罰的違法性、実質的違法性の阻却等は、もともと問題となる余地はない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二五八条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条本文を適用して証人森分喜八郎、同小野允、同平松柏に支給した分は被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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